事案の概要
業種:電子機器製造販売
関係する権利:特許権
請求側/被請求側:被請求側
クライアント:株式会社(小規模・ベンチャー)
相手方:株式会社(上場企業)
概要:新製品を開発し、上市したばかりのベンチャー企業のクライアントに対し、一部上場大企業が特許権に基づく販売等の差止めを請求してきました。
1.資料収集
相手方から特許権侵害の疑いを指摘する通知書が届いた後、まず当該特許に関する公報および特許庁の包袋を取り寄せました。対象特許は分割出願に係るものであったため、親出願の当初明細書や審査経過、拒絶理由通知、意見書、補正書などもすべて確認対象としました。
これらを精査することで、審査官とのやり取りの中でどのような限定や補正が行われた、これらが何を根拠にしているかを把握しました。
クライアントより製品をお借りし、分解してその構造を詳細に確認しました。
相手方が主張する対象発明と対象製品を照合し、クレームチャート(対比表)を作成しました。構成要件ごとに、対象製品の技術的特徴を分説し、どの部分が一致し、どの部分が相違しているかを整理しました。
クライアントの技術担当者ともヒアリングを重ね、実際の動作原理や、特許発明との異同を確認しました。
2.方針検討
クレーム解釈を踏まえ、特許請求の範囲の文言と発明の実質的な技術的範囲を分析した結果、少なくとも一部の構成要件が非充足であるとの見解を得ました。特に、相手方が拡張的に解釈している構成要素については、明細書の記載や審査経過を根拠に、限定的に解釈すべき点を明確化しました。
さらに、包袋の内容から、分割要件違反(新規事項追加)やサポート要件違反の可能性も見出されました。親出願時点で当該構成が十分に開示されていなかったこと、補正により発明の範囲が実質的に拡張された可能性などを検討し、無効審判請求の余地があると判断しました。
これらを踏まえ、方針としては「非侵害主張を中心としつつ、補強的に無効理由を指摘する」方向で社内合意を得ました。
3.相手方との協議・交渉
相手方との最初の会合(技術協議)は、オンラインではなく、相手方本社の会議室にて開催されました。相手方の知財部員数名が出席し、技術的論点を中心とした議論が行われました。相手方の侵害主張に対し、こちら側はパワーポイントのスライド等を用意し、構成要件の非充足を説明しました。
その後も数回にわたり対面での協議を実施しました。毎回、双方がそれぞれパワーポイントを用いて説明し、クレーム解釈や無効論について見解を交換しました。
4.無効理由調査と対応
協議が長期化する中で、並行して新規性・進歩性に基づく無効理由調査を実施しました。過去の国内外文献、特許データベース、学会資料などを網羅的に検索しましたが、残念ながら特許無効を主張可能な線香文献は見つかりませんでした。
そのため、主張の軸を「非侵害」に置きつつ、補助的に分割要件違反・サポート要件違反を指摘する構成で対応しました。
5.事件終結
協議を重ねましたが、最終的に両社の見解が異なることが鮮明になっただけで、何らかの合意に達することはできず、交渉を打ち切ることになりました。
しかし、協議を通じて、特許権侵害訴訟を提起されても十分に対応可能な心証を得ることができました。
結局、相手方より特許権侵害訴訟は提起されることはありませんでした。相手方は特許権行使を断念したようです。
6.コメント
本件は、特許権侵害の疑いをめぐる紛争対応として、当事務所が交渉段階から関与した事案です。
特許紛争においては、法的構成のみならず、発明の技術的本質を的確に捉えることが不可欠であり、初期対応の段階でどれだけ緻密に事実関係と技術構成を分析できるかが、その後の展開を大きく左右いたします。
本件においても、特許の審査経過や分割出願の背景を詳細に検討し、クレーム解釈と技術的範囲の分析に注力いたしました。
交渉では、相手方との複数回にわたる技術協議を通じて、構成要件の充足性や発明の作用効果に関する見解を突き合わせ、粘り強く議論を重ねました。
こうした過程の中で、単に非侵害を主張するだけでなく、相手方の主張の前提となる技術的理解や法的構成の誤りを一つひとつ明らかにしていく姿勢を貫きました。
特許侵害の交渉は、往々にして訴訟を前提とした駆け引きとなりますが、重要なのは、相手方に「訴訟を提起しても勝ち筋が乏しい」と理性的に認識させることにあります。
そのためには、明確な技術分析と、審査経過や無効理由の検討を踏まえた法的主張とを有機的に結びつける必要があります。
当事務所では、技術者との密接な連携を保ちながら、事実に基づいた説得力ある主張を積み重ね、交渉の主導権を確保いたしました。
結果として、本件は訴訟に発展することなく終結し、クライアントの事業活動に支障を生じることはありませんでした。
特許紛争の現場では、冷静な分析と誠実な議論の積み重ねこそが最も効果的な防御であることを、改めて実感した事案であります。