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1.特許権侵害の警告書とは
ある日突然、特許を保有する人から特許権の侵害を主張する書面(以下「警告書」)が届いたらどうしますか。弁理士・弁護士といった専門家に対応を依頼することを検討すべきですが、依頼するにしても、どのような対応を念頭にすべきでしょうか。
一般的には、特許権侵害の警告書には次のような事項が書かれていることが多いです。
- 侵害されている特許権の特定
- 特許権侵害に当たる行為の内容(製品の製造、販売、販売申出、方法の使用など)
- 請求の内容
- 販売・使用の停止
- ライセンス契約の締結
- 過去侵害分の損害賠償
- 売上高、数量等の開示
- 侵害に関する見解の提示
- 回答期限(警告書到達から14日以内など)
なお、警告とまではいわずとも、特許権の存在を知らせ、特許発明と特許権侵害を疑われる物件・方法(被疑侵害物件等)との関係、すなわち、被疑侵害物件等の販売・使用等が特許権侵害をするか否かについての見解を回答するよう促したり、ライセンス契約の締結のための話し合いを促すような体裁の書面もあり得ます。前者は被疑侵害物件が市場で手に入らないような場合に、侵害を疑われている相手方(被疑侵害者)の反応をうかがうために送付されることがあり、後者は侵害の有無はさておきライセンス契約を締結することに双方のメリットがある場合に送付されたりします。
2.特許権侵害警告書の法的効果
日本の法律では、特許権侵害に関する警告書の送付は、特許権侵害訴訟提起の前提条件とはされていません。特許権者は事前に警告書を送っていようがいまいが、特許権侵害訴訟を提起することができます。なお、特許法には警告書の送付が要件となる他の法的手続きもありますが(補償金請求権・特許法第65条)特許成立前の手続ですので割愛します。
警告書の送付の法的意義として最も重要なのは、時効中断効です。
特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は特許権侵害という不法行為の「損害及び加害者を知った時から3年」(民法709条)です。自動車事故のような不法行為が基本的には1回で終了するのと異なり、特許権侵害は特許製品の販売や特許方法の使用が続いている限り権利侵害が続く継続的な不法行為ですので、特許権侵害の「損害及び加害者を知った」時以降は、侵害時から3年間が経過すると損害賠償請求権が順次時効消滅していきます。すなわち3年より前の特許権侵害について損害賠償を請求することができなくなります。また、侵害している間の過去のライセンス料といった不当利得の返還請求権は消滅時効が10年です。
適式な警告書(一定の要件を備える必要があります)の送付は時効中断効のある「催告」(民法150条)に該当しますので、警告時から6か月の間、消滅時効は完成しません。しかし、警告時より6か月以内に訴訟提起をする必要があります(民法147条1項1号)。
3.特許権侵害警告書に対応する義務はあるか
万が一警告書が届いた場合、これに対応しないとどうなるでしょうか?
実は特許権侵害の警告書を受け取っても、これに対応する法的な義務はありません。また、警告書に対応しなかったために特許権侵害訴訟で不利に扱われることもないように思います。
この記事は日本国内における特許権侵害の警告に関するものです。海外から特許権侵害の警告があった場合、回答によっては後の訴訟で不利になることがあります。
なお、特許権者側からみると、警告書には時効中断や「損害及び加害者を知った時」に当たるなど、一定の法的効果はあります
しかし、警告書の受領は、特許権侵害の有無を特許権者と被疑侵害者とで議論したり、両者でライセンス契約の締結交渉を始める契機となります。警告書に真摯に対応し、特許権侵害の有無について特許権者・被疑侵害者で技術的な議論をすることによって、特許権者が非侵害の心証に至ったり、非侵害とまではいわずとも特許権侵害訴訟をするには心許ない印象を持ったりして、特許権侵害訴訟の提起を断念することもよくあります。また、被疑侵害者側も、議論が深まることによって侵害の心証を持つに至れば、ライセンス契約等を検討せざるを得ないでしょう。
一方で、警告書送付を契機として侵害・非侵害について議論を交わしても、特許権者・被疑侵害者はどちらも言い分があるうえに、裁判官のような最終判断者がいないため、両者でなんらかの結論に至ることは多くありません。例えば、被疑侵害者が内心では特許権侵害をしているという心証を持つに至ったとしても「特許権を侵害してすみません。損害賠償します。」とはなかなか言いません。様々な理由をつけて非侵害であると言い張る場合が多いでしょう。
そのような水掛け論となった議論に最終的に白黒をつけるには、特許権者が特許権侵害訴訟を提起して(又は、被疑侵害者が特許権侵害に基づく損害賠償債務不存在の確認を求める訴訟を提起して)、特許権侵害の存否を争うほかありません。
4.特許権侵害警告書への対応
それでは、警告書が届いた場合にはどのような対応があり得るでしょうか。
4-1 無視する
上記のとおり、警告書が届いたからといってこれに対して回答をしなければいけないという法的義務はありません。すなわち、回答をしないと罰せられたりするわけではありません。よって、何ら回答せず無視することも選択肢としてはあり得ます。
しかし警告書を無視されると、特許権者としては訴訟提起をするほかは手立てがなくなってしまいます。日本の制度では弁護士費用等を敗訴側に負担させることはできませんので、訴訟提起されるといずれにせよ費用と手間がかかってしまいます。
よって、そのような無用な手間と出費を避けるため、特許権を侵害していないという確固たる自信があるとしても、警告状を無視せず非侵害である旨を回答するのが無難です。
一方で、訴訟を提起されてもよい場合、あるいは、従前の特許権者との関係性等から非侵害の回答をすればいずれにせよ訴訟を提起されるような場合は、無視をするのも一つの選択肢ではあります。
4-2 警告書受領の通知と回答期間延長の要請
特許権者側としてはいつまでも相手方の回答を待っているわけにはいきませんので、警告書には回答期限が設定されている場合がほとんどです。しかし、警告書には、専門家に依頼したり特許発明の内容を検討するには短すぎる期間(例えば2週間)が設定されていることがあります。
上述のとおり警告書に対し期限内に回答する法的義務はありませんが、期限内に何ら回答しなかった場合には、特許権者側としてはもはや特許権侵害訴訟を提起するしかないという結論に至る可能性があります。
そこで、無用な訴訟提起を避けるため、警告書を受領して内容を精査中ではあるが、期限内の回答は難しいため、回答期限を延期して欲しい旨の返信をすることがあります。
4-3 特許権侵害の根拠の開示の要請
特許権侵害の警告書には被疑侵害物件等の販売・使用等が特許権を侵害している旨のみが記載され、その根拠が記載されていないにもかかわらず、被疑侵害者に対し、特許発明と被疑侵害物件等との関係についての見解を開示せよとの請求が記載されていることがあります。
本来であれば、特許権侵害の根拠は特許権者側が主張すべき事項です。それにもかかわらず、特許権者が一方的に被疑侵害者の意見を求めるのは、特許権者側が被疑侵害物件を入手できなかったり、被疑侵害方法を十分に特定できなかったりして、特許権侵害である旨の確固たる心証ができていないからかもしれません。また、警告書を技術論争開始のための単なる契機と考えていたり(そういう意味で警告書が「ご挨拶状」とよばれたりします)、警告書は内容証明郵便で送られることが多いため紙幅の関係もあり、警告書に詳細な記載をしていない場合もあります。
いずれにせよ、被疑侵害者が特許権者に先んじて侵害・非侵害の見解を開示しなければならないという道理はありませんので、改めて侵害の根拠について特許権者側の見解を求めることは重要です。
4-4 構成要件該当性の検討
被疑侵害者側でも侵害の有無は検討しておく必要があるでしょう。
具体的には、特許請求の範囲に記載されている発明(特許発明)を構成要件毎に分説し、被疑侵害物件等が構成要件を充足するか否かを検討します。特許発明の構成要件と被疑侵害物件等の内容を対比させるクレームチャートを作成することが多いでしょう。
特許請求の範囲は、本来「技術的思想の創作」である発明の内容を言葉で記したものですから、解釈に幅があり得ます。クレームチャートの作成といった作業によって特許権侵害をしていないことが明らかとなる場合があります。
特許権の権利範囲の解釈の際には、特許庁における審査過程で出願人・特許権者がどのような意見を述べているかが重要となってくることがありますので、特許の審査経過を詳しく検討することも重要です。そのためには審査経過の一件記録である「包袋」をとりよせます。
4-5 無効事由の主張
特許権者といえども、無効事由のある特許権を行使することはできません(特許法104条の3第1項)。よって、特許権者が特許権侵害の主張をするときは、あらかじめ無効事由について調査をしておくのが無難といえます。
しかし、特許権者側が特許権侵害の主張をするときに、必ずしも十分な特許無効事由調査を済ませているとは限りません。理由はいくつかあります。
まず、特許権は特許庁で審査されており無効資料は簡単には見つからないはずですので、調査は費用と手間がかかります。そして、たとえ費用と手間をかけて無効資料を見つけても特許権が無効(らしい)という心証が得られるだけです。すなわち、折角取得した自分の権利をわざわざ費用をかけて無効と判断する、ということになります。
さらに、訴訟において、無効事由については被疑侵害者側が抗弁として主張立証責任を負担しますので、特許権者側としては無効事由を調査しておかないと訴訟提起できないわけでもありません。すなわち、特許訴訟では、被告側(被疑侵害者側)が無効事由を主張しない限り、無効事由の存否は問題となりません。
このような理由から、特許権者側が事前に無効事由調査を行うモチベーションは低かったりします。ゆえに特許権者側が万全な無効事由調査をした上で警告書を送付しているとは限りません。
また、経済的に余裕のある大企業の場合、戦略的に、相手方の現実の実施態様が確実に特許権侵害に該当するように特許権を分割した上で権利行使したりします。しかし、無理な分割を重ねているためかえって分割要件違反による無効事由が発見される場合もありますので、相手方の特許権が分割出願の場合には明細書を慎重に検討すべきです。
もし被疑侵害者側が無効事由を発見できれば、特許権行使ができない旨の主張をすることが可能となります。さらに「特許無効審判を請求しないかわりに無償の(ないし低廉な)ライセンスをせよ」と交渉することも可能となるでしょう。そのようなライセンスが得られれば被疑侵害物件等が逆に相手方の特許権によって保護されることになります。無効事由はあるかもしれないですが調査しないとわかりませんので、競合他社に対する牽制効果はあります。
4-6 販売数量等の開示
警告書に販売数量等を開示せよという請求が記載されていることがあります。特許権者側で被疑侵害物件等の実施数量を把握するのは困難であり、特許権侵害があったとしても、どの程度の損害賠償請求額となるか把握しづらいからです。
これについても、法的には開示する義務はありません。しかし、販売数量等が少ない場合には、逆に積極的に開示して特許権者の訴訟提起を断念させる方法もあります。
例えば売行きの芳しくない製品であって既に販売停止しており、過去の販売数量が僅少の場合、支払われるべき損害賠償金が相手方の訴訟費用を大きく下回ることがあります。このような場合には、特許権者が権利行使をしても得るものは少ないため(要するに赤字になります)、責任追及を断念することが多いでしょう。
ただし、特許権者としても経済的合理性のみを考慮要素としているわけではありません。赤字になってもいいから特許権を行使するという特許権者もいないわけではないので要注意です。
5.回答について
被疑侵害者は、構成要件該当性の検討や無効資料調査の結果、特許権を侵害していない可能性が高ければ、その旨を回答することになります。ここで、回答に法的義務がない以上、非侵害と考える旨の理由まで開示する義務はありません。
しかし、端的に被疑侵害者側の構成要件非充足性に関する見解や無効事由を詳細に開示する回答もあり得ます。回答が説得的であれば、特許権者側がそれ以上の追求を断念するかもしれません。
一方で被疑侵害者が検討した結果、特許権者に訴訟を提起されたら確実に負けるような侵害の心証に至った場合には、販売等の停止、損害賠償等の措置をする旨の回答をすることもあり得ます。その場合には、最終的には特許権者側との間で和解書(示談書)の締結に向けて条件を詰めていくことになります。
回答は電話などの口頭によるもの、メール、ファックス、書簡などいろいろな方法があり得ますが、証拠を残すため口頭による回答は避ける方が無難です。
また、警告書が内容証明郵便で届いたからといって、回答も内容証明郵便にすべきとは限りません。警告書を内容証明郵便で送付するのは、主に警告の日を確定させ、警告内容を確実に記録するためです。よって、回答を内容証明郵便にすることには、さほど深い意味は無いように思います。
6.専門家に相談しましょう
特許権侵害の警告書が突然届いた場合に検討すべき事項は多岐にわたり、また、構成要件の解釈などには専門的な判断が必要となります。まずは、弁理士・弁護士といった専門家のアドバイスを求めるべきでしょう。